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東京高等裁判所 昭和44年(う)2195号 判決

控訴人 原審検察官

被告人 渡辺市郎 外一名

弁護人 山田重雄

検察官 藤井嘉雄

主文

原判決を破棄する。

被告人渡辺市郎を懲役八月及び罰金二五万円に、被告人今田平五郎を罰金二〇万円に、それぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも五、〇〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人渡辺市郎に対し、この裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部、被告人両名の連帯負担とする。

理由

(控訴の趣意)

本件控訴の趣意は、東京高等検察庁検事藤井嘉雄提出(東京地方検察庁検事高橋正八作成名義)の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁の趣意は、弁護人山田重雄作成名義の答弁書記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。

(当裁判所の判断)

控訴趣意第二点〈省略〉

控訴趣意第一点について

所論は、要するに、原判決は、本件公訴事実どおりの外形的事実をほぼ認定しながら、預金等に係る不当契約の取締に関する法律(以下単に本法という。)二条一項にいう「特定の第三者と通じ」とは、預金者が同法所定の不当契約をなすにつき、具体的個別的に特定した第三者と結託し、あるいは相互に意思を通ずることに外ならないところ、被告人らは、特定の第三者と目される武田庄司とは直接にはもとより、小林正雄を介しても、意思を通じていたとは認められない、預金者が特定の第三者と通じたことがない以上、預金媒介者のみとの共謀による本法二条一項違反の罪は成立しないとして、被告人両名に対し無罪を言い渡した。しかし、同条項にいう「特定の第三者と通じ」とは、預金者において、特定の第三者の氏名を知らず、また右第三者に会つたことはなくとも、預金媒介者が何人か特定の第三者と意思を通じ、金融機関に対し、自己の預金を担保とすることなく、右特定の第三者を融資先として指定することの認識があれば足りるから、本件認定事実が、仮に原審認定の範囲内にとどまるものとしても、被告人らが媒介者において、何人か特定の第三者と通じ、小樽信用金庫札幌支店(以下単に小樽信金という。)に対し、右特定の第三者を融資先として指定していることの認識を有していたことは、これを優に認めることができるのみならず、被告人らはさらに、その預金に関し、小樽信金から融資を受ける者が札幌のある有力な土建会社であつて、同会社から謝礼金がでるとか、小樽信金の入居するビルの建築業者から謝礼金がでるということまで認識していたというのであるから、被告人らの右認識は、相当に具体的個別的であつて本法二条一項にいう「特定の第三者と通じ」ていたことは、極めて明白であり、この点において、原判決は、判決に影響を及ぼすことの明らかな法律の解釈適用を誤つた違法がある、というのである。

ところで、原判決は、「被告人渡辺が、昭和四二年六月一〇日ころ小林正雄から被告人今田を介しての預金勧誘に応じ、同月一四日ころ、小樽信金に期間六か月、三、〇〇〇万円の定期預金をし、右預金に関し、預金の媒介者である小林正雄から、被告人渡辺に右預金に対する裏利として三〇〇万円、被告人今田に旅費として一〇万円、謝礼金として一二万円支払われたこと、他方、武田庄司は、国鉄札幌駅前において、ビルの建設及び経営を目的とする株式会社道央水産ビルデイング(昭和四二年四月から株式会社道央ビルデイングと商号を変更。以下単に道央ビルという。)の常務取締役であつて、ビル建設のため資金繰りを担当し、小樽信金が支店開設のため、昭和三九年八月ころから設けていた札幌地区推進委員会と当座貸越契約を結び、融資を受けていたこと、同信金は、ビルの建設後、その一部を道央ビルから買取り、昭和四一年一二月小樽信金が発足し、右推進委員長佐藤公明がその支店長に就任し支店業務を統括したこと、道央ビルは、昭和四一年春ころから当座貸越しの過振りが多くなり、資金繰りが悪くなつたため、武田は、佐藤公明と相図り、導入預金を受けて小樽信金から不正融資を受けるようになつたこと、そして、金融ブローカー小林正雄らのあつせんにより、裏利を支払つて金主に預金させ、小樽信金は、預金者に対し、正規の預金証書を発行するが、原符は作らず、右預金を担保とすることなく、そのまま道央ビルの当座貸越の口座に振り込む等の方法により、不正融資を受けていたこと、武田は、この方法によつてさらに小樽信金から不正融資を受けようと企て、小林に預金媒介を依頼していたところ、小林は、知合の被告人今田に対し、昭和四二年五月ころから電話で被告人渡辺に導入預金するようはたらきかけ、同年六月一〇日ころ「小樽信金へ三、〇〇〇万円で六か月の定期預金をすれば、正規の利息のほかに一割位の裏利が出る。預金はまちがいなく信用金庫で保障してくれるし、裏利は、小樽信金の入るビルを建てる業者が出すことになつている。往復の飛行機代、宿泊費をもつ。」といつて勧誘し、被告人渡辺の承諾を得たので、小林にその旨を伝えたこと、そして、同月一四日、被告人渡辺は、被告人今田に付き添われ、小林と共に東京から札幌にむかい、小樽信金において佐藤支店長に会い、前記のとおり、期間六か月、三、〇〇〇万円の定期預金をして預金証書を受け取り、そのころ小林から右預金に関し、被告人渡辺は、裏利として計三〇〇万円を、被告人今田は、旅費及び謝礼金として計二二万円を受け取つたが、右裏利等は、武田から小林に予め交付されていた三五〇万円の中から支出され、また、前記預金の原符は作成されず、佐藤支店長から全額道央ビルに融資されていたこと、を関係証拠によつて認定しているが、右に挙げたような程度の被告人らの認識では、道央ビルや武田庄司の存在を具体的に認識していたものとは認め難く、したがつて、本法二条一項にいう「特定の第三者と通じ」たものにあたらない」というのである。

しかし、おもうに、本法の趣旨とするところは、近代社会における金融機関の機能の重要性にかんがみ、また、とくに、それに課せられている一般預金者の保護という公共的使命に着目し、その健全な運営をはからせることによつて資産内容の悪化を防止すると共に、その本来の機能ないし使命を発揚させ、もつて、社会の信用秩序を維持するにあるものと解せられる。そして、この見地から本法二条一項の規定するいわゆる導入預金を処罰する法意を考えると、当該預金等に関し金融機関との間に預金者の指定する特定の第三者に対し、右預金等に係る債権を担保とすることなく、資金の融通等をなすべき旨を約することは、それが、ひいては浮貸その他の不当貸付又は情実融資等の弊を招来し、金融機関の資産内容を悪化し、その健全な運営を阻害するばかりでなく、その預金者が、その預金に見合う融資を受ける特定の第三者から金融機関の正規の預金利子のほかに謝礼あるいはリスクなど特別な金銭上の利益、すなわち裏利を利得する点において、その預金が実質的には右特定の第三者に対する直接融資としての機能を営むことになり、また、そうなることを承知しながら、みずからはその危険を負担することを回避してこれを当該金融機関に転嫁したうえ、自己は、金融機関に対する預金払戻請求権という安全確実な債権を確保し、その預金債権を担保としていない金融機関が、将来当該融資の回収が困難となり、危殆に陥るその窮状をいわば対岸の火災視することが許されるということになり、それが金融機関の健全性を損なうに至るというその上に、利己的利欲的行為によつて金融機関の前記のような公共的使命を阻害するという点に強い反社会性が認められることなどにかんがみ、本法が、その二条一項において、預金者のするこのような不当契約を禁止し、また、その違反に対する罰則規定を別に設けているものと解せられるのである。この趣旨からすると、同条項において預金者が「特定の第三者と通じ」というのは、その預金者が、直接に、具体的、個別的に特定した第三者と結託し、あるいは相互に意思を通じる場合に限らず、いわゆる導入ブローカーなどの媒介者を介して間接順次に特定の第三者と意思の疎通するものあれば足り、しかも、この場合、当該預金者において、特定の第三者の存在を、その氏名ないし名称等を知ることにより、具体的、個別的に認識する必要まではなく、媒介者を介し、その媒介者が通じている特定の第三者が存在することを諒知しておればよい、と解するのが相当であると考える。けだし、預金者としては、特定の第三者と格別の関係がある場合は別として、通常は預金の元利金が確実に回収され、かつ、できる限り高率有利な裏利や謝礼金を入手することに意を用いこそすれ、それ以上に特定の第三者が誰であるかのせんさくにはそれほどの関心を持たないのが一般である、と思われるうえに、この種導入預金の行なわれる場合には、おおむねその間に導入ブローカーの介在が予想されるであろうから、これらの者が、預金者に対してはなるべく特定の第三者についての認識を稀薄化することによつて自己の地位を有利にしようと努める反面、預金者側もまた意識的にこれに便乗することによつてたやすく本法の適用を免れることも十分考えられる関係上、前記のような立法趣旨から考えても、このような不当契約までしてあえて利を図ろうとする預金者を放置するほかないような結果をもたらす解釈に賛同することは困難である、といわざるを得ない。そして、本件においては、(一)小樽信金に預金が導入されると、小樽信金は、右預金に係る債権を担保にとることなく、そのままこれを道央ビルに融資することについては、すでに小樽信金の佐藤公明と道央ビルの常務取締役武田庄司との間で打ち合わせがされていたこと、(二)媒介者である小林正雄においてもこの間の事情は十分これを知悉していたこと、また、(三)預金者である被告人渡辺及びその協力者とみられる被告人今田の両名についても、たとえ、「武田庄司」あるいは「道央ビル」という氏名ないし名称までは聞き及んでいなかつたとしても、少なくとも前記のとおり、「小樽信金から融資を受ける札幌のある有力な土建会社」とか、「小樽信金の入居するビルの建築業者」が謝礼金を出す、という限度においては特定の第三者の存在を前記小林から聞知していたことは、いずれも証拠によつて認められるのであるから、これらによれば、被告人ら両名が、右小林を介して「特定の第三者と通じ」たものと解してさしつかえないと思われる。なお、原判決は、本法二条一項違反の罪につき、預金者が直接特定の第三者と通じたことがない以上、預金媒介者との共謀を理由にして共謀共同正犯の理論を適用することは、本法二条が、その一項において預金者が、特定の第三者と通じてなした不当契約を可罰的なものとする一方、二項において預金媒介者が、特定の第三者と通じてなした不当契約を独立罪として規定している立法趣旨にも反するし、かつ、預金等に係る不当契約の可罰的な要件を厳格に制約している同法条違反の罪の成立範囲が不当に拡張される結果を招くから不当である。と判示する。しかし、同条一項及び二項の各規定内容を対比してもわかるとおり、右二項は一項の不当契約に加功する媒介者の行為を独立罪として処罰しようとする趣旨ではなく、たとえば、媒介者が、預金者らに不当契約を行なうことを秘したうえ、媒介者自身が金融機関を相手方として不当契約を行なうなど、媒介者が預金者らと通謀していない場合を想定して設けられた補充的規定であると解せられる。したがつて、媒介者が一項の罪の共犯と認められる限り、(本件は、この場合に該当するものと考えられる。)当然、右一項違反の共犯として問擬するのが相当であり、かように解することが誤つた拡張解釈であるとは思われない。

以上の次第で、原判決が、本法二条一項の「特定の第三者と通じ」との文言の意義につき、預金者において、具体的、個別的に特定した第三者と結託し、あるいは相互に意思を通じることを要するものとしたのは、所論のいうとおり右法条の解釈を誤つたものというのほかなく、この解釈の誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、本件控訴は理由があるので、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により、原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人今田平五郎は、金融業を目的とする扶桑実業株式会社の代表取締役、被告人渡辺市郎は、同会社の取締役会長の地位にあるものであるが、昭和四一年春ころ道央水産食品株式会社取締役、総務部長兼株式会社道央水産ビルデイング(昭和四二年四月から株式会社道央ビルデイングと商号を変更。)常務取締役武田庄司と、小樽信用金庫札幌地区推進委員長(昭和四一年一二月から同信用金庫札幌支店長)佐藤公明とが右両会社の資金繰りのため始めた誘導預金継続の一環として、その後、右武田から事情を知つている小林正雄(小林は、越後孝雄、村田新一郎らを介しかねてから武田より預金導入の依頼を受けていた。)にかさねて導入預金あつせん方の依頼があり、昭和四二年六月一〇日ころ以降同人から被告人今田を通じて被告人渡辺に導入預金勧誘の旨が伝えられ、その間の交渉の過程において、小樽信用金庫札幌支店から預金見合いの融資を受ける「札幌のある有力な土建会社」、「同金庫札幌支店の入居するビルの建築業者」が謝礼金を出す旨を聞き及んだ被告人ら両名は、右小林正雄及び同人を介して前記武田庄司と共謀のうえ、同月一四日ころ、札幌市北四条西二丁目所在の同金庫札幌支店において、小林を介して武田と通じ、正規の預金利子のほか、特別の金銭上の利益を得る目的をもつて、右金庫支店を相手方として、当該預金にかかる債権を担保として提供することなく、右金庫支店が小林正雄及び武田庄司らの指定する道央ビルデイングに対して、資金の融通をなすべき旨を約して、期間六か月、金額三、〇〇〇万円の定期預金をし、もつて、当該預金に関し、不当な契約をしたものである。

(その余の判決理由は省略する。)

(証拠の標目)省略

(法律の適用)

預金等に係る不当契約の取締に関する法律四条一号、二条一項刑法六〇条(被告人今田につき同法六五条一項)(被告人渡辺市郎につき懲役刑及び罰金刑を併科、被告人今田平五郎につき罰金刑を選択)被告人渡辺市郎に対する懲役刑の執行猶予につき、刑法二五条一項被告人らに対する労役場留置につき、同法一八条原審における訴訟費用の負担につき、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条

(裁判長判事 樋口勝 判事 浅野豊秀 判事 田畑常彦)

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